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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)6243号 判決 1979年9月28日

原告

小代アヤカ

原告

高瀬優香利

右法定代理人親権者母

小代アヤカ

右両名訴訟代理人

森田昌昭

被告

右代表者法務大臣

古井喜実

右指定代理人

藤村啓

外八名

主文

一  被告は、原告小代アヤカに対し、金九一〇万三八三二円及びこれに対する昭和五〇年八月二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告高瀬優香利に対し、金二二六五万六三二四円及びこれに対する昭和五〇年八月二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は第一、二項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一本件事故の概要<省略>

二被告の責任

被告国と国家公務員(以下、「公務員」という。)との間において、被告国は公務員に対し、被告が公務の遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理にあたつて、公務員の生命および健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負つており、本件のようにジエツト戦闘機に塔乗し戦闘訓練に従事する自衛官に対しては、機体、部品等の十分な整備を実施し、事故発生を防止して飛行の安全を保持すべき義務とともに、万一事故が発生した場合に塔乘者が緊急脱出するに際して使用する落下傘の点検整備を十分に行い、その生命の安全を保全すべき義務を負つているものというべきである。

そこで、被告の事故機についての点検整備を十分に実施すべき安全配慮義務の違反の有無について検討するに、本件事故機が前記訓練計画に従い対艦攻撃訓練中にその火災警報装置が点燈したこと、右装置は何らかの原因によつてエンジン系統に火災が発生した場合、もしくは、圧縮器によつて圧縮されたホツト・エアーが漏れ、火災の危険が生じた場合に、エンジンの圧縮器及び燃焼室の部分に取り付けられた探知回路のサーモカツプルが電気的に感応して火災警報燈が点燈する仕組みになつていることはいずれも当事者間に争いがないから、本件事故機はエンジン系統に火災を起こしたか、ホツト・エアー漏れを起こしたものと一応推定することができる。

ところで、本件全証拠を検討するも、エンジン系統の火災もしくはホツト・エアー漏れがいかなる原因によつて発生したかを確定することはできないが、本件の如き航空機事故において、被害者側にさらにその個別、具体的な事故原因の主張、立証まで要求することになれば、それが高度の専門的知識を要する分野であること、事故原因の調査資料が被告の掌中に独占され一般に公開されるものでないこと、特に被告は自衛隊機の管理にあたるものとして、その安全性を確保するため、事故原因につき常に多方面からの調査検討をなすべき立場にあることからして公平を失するものというべきであり、本件事故が機体の枢要部で被告が全面的に管理し点検整備義務を負うべきエンジン系統に火災が発生したか、ホツト・エアー漏れが生じたためであると推認される以上、立証の公平の見地から、被告において本件事故機につき十分な点検整備を行なつたにもかかわらず、右事故の発生が予見し得ない偶発的な原因に基づくことの立証が尽くされない限り、事故機の点検整備を十分に実施すべき安全配慮義務の違反があつたものと推定するのを相当とする。

しかして、弁論の全趣旨によれば、F―八六F機保有部隊では、F―八六F機につき、飛行前点検、基本飛行後点検、定時飛行後点検、定期検査等被告主張の如き所定の点検整備を行つて飛行の安全確保に努めており、塔乗員自らも飛行に先立ち、定められた点検項目につき確認のうえ塔乗しており、本件事故機についても同様の点検整備が行なわれていたことが認められ、また、前掲証人森田の証言によれば、本件編隊が攻撃態勢に入る前に行なつた計器盤の点検の際には、特に事故機は異常を訴えていなかつたことをそれぞれ認めることができるが、一方、その後、エンジン部の火災を誘発するような外的原因が発生したことは認めることができず、また、本件の如く機体の枢要部であるエンジン部分に直ちに墜落事故につながる火災もしくはその危険性が発生したものとされる事態のもとでは、右火災もしくはその危険性を招来した個別、具体的な原因が確定され、且つ、それが以上に述べた機体の点検整備体制のもとで予見することが不可能なものであることを確定し得ない以上、その点検整備が十分に行なわれたにもかかわらず本件事故の発生が予見不可能な偶発的原因に基づくものであることの立証が尽くされたとは言えない。

従つて、被告は本件事故について、前記安全配慮義務違反の責任を免れず、右事故による原告らの損害を賠償すべき義務がある。

なお、原告は、高瀬の装着した落下傘は、被告がその点検整備を十分に実施しなかつたため、全く開かなかつたものである旨主張するが、弁論の全趣旨によれば、本件の落下傘についても、被告主張のとおりの点検整備が実施され、その段階で特に不具合は発見されなかつたことを認めることができ、また、前掲各証拠によれば、(一)事故後、落下傘の紐が伸び切つた段階で落下傘の本体から分離されるクオーター・バツグ(落下傘の紐を収納する袋)は回収されているが、他に落下傘の付属品は全く回収されていないことから、少なくとも高瀬の装着した落下傘の紐は一応伸び切つたものと推測されること、(二)一番機に塔乗し同訓練に参加していた森田編隊長は、事故直後、事故機の墜落現場付近に、ほぼ八分開きの状態で漂流している落下傘を目撃していることが認められ、これらの事実からすれば、高瀬の装着した落下傘は、クオーター・バツグに収納された紐がほぼ伸び切り、かなりの程度まで開傘したものであるが、僅かの高度不足のために、完全には開ききらなかつたものと認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

従つて、落下傘の点検整備についても被告が安全配慮義務の違背がある旨の原告らの主張は採用できない。

三損害

1  逸失利益

(一)  高瀬が死亡当時満二七歳(昭和一三年九月二三日生)で二等空尉三号俸の給与を受けていた航空自衛官であつたこと、同人が本件事故に遭遇しなければ昭和六三年の停年まで少なくとも毎年一号俸宛昇給したであろうことは当事者間に争いがない。また<証拠>によれば、原告高瀬優香利は昭和四〇年一月八日生れで昭和五八年一月八日で満一八歳に達することが、弁論の全趣旨によれば航空自衛隊では通常満三五歳から満四〇歳に達するとジエツト機乗員から同管理パイロットへの配置換えが行なわれジエツト機乗員の五〇パーセントの航空手当が支給されていることがそれぞれ認められる。

従つて、以上の事実を前提として関係諸法規を適用して計算すれば、高瀬の昭和四一年から昭和六三年までの給与所得は別紙(一)の年間所得欄記載の金額となる。

また、高瀬の航空自衛隊退職時の退職金は別表(二)のとおりである。

(二)  さらに、高瀬は退職後満六七歳に至るまで少なくとも原告主張の労働省労働調査部編昭和五二年度賃金センサス第一巻第一表中一〇人から九九人まで雇用する規模の会社の旧中、新高卒欄記載の収入を得たものと認めるのが相当であるから、昭和六三年度から昭和七九年まで毎年別表(三)年間所得欄記載の収入を得べかりしものと認めるべきである。

(三)  当事者間に争いのない高瀬の家族構成その他を勘案すれば、同人の生活費は全収入の四割と認めるのが相当であるから、これを前記各年間収入額(但し、退職金は除く。)から控除し、更に年五分の割合による中間利息をライプニツツ方式により控除すると、同人の逸失利益の死亡時の現在価格は別表(四)記載のとおり金三五五四万三一一〇円となる。

(四)  原告小代アヤカは高瀬の妻であり、同高瀬優香利が高瀬の子であることは当事者間に争いがなく、また、<証拠>によれば、原告らのほかには高瀬の相続人はいないことが認められるから、原告らは法定相続分に応じ右損害賠償債権を原告小代アヤカが三分の一(一一八四万七七〇三円)、同高瀬優香利が三分の二(二三六九万五四〇六円)宛相続したものというべきである。

2  葬祭費

すでに認定した高瀬の年令、職業、収入、家族構成及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告小代アヤカが高瀬の葬祭費として少くとも金二〇万円を支出したことを推認することができる。

3  過失相殺

ところで、<証拠>によれば、火災警報燈が点燈した場合に操縦者がとるべき措置としては、(1)高度をとること、(2)次に、火災警報燈が点燈した理由がエンジンの燃料調節に異常が生じ、燃料が過剰流出したことによるのかどうかを確認するとともに、万一火災が発生していた場合に火が燃えひろがるのを防ぐためにスロツトル(燃料調節のための絞り弁)をアイドル(最低回転数)の状態にする、(3)この段階で機体は水平飛行を維持することが困難になり徐々に高度を下げていくから、落下傘の安全開傘高度(約二〇〇〇フイート)に至るまで、他の僚機を通じて炎、煙が出ていないかを調べてもらうとともに、自ら異常音、震動、煙、熱及び計器類を点検することにより火災発生の有無を確認する、(4)そして、火災が確認されれば落下傘の安全開傘高度である二〇〇〇フイートに至るまでには緊急脱出し、火災が認められなければ飛行に可能な最少のパワー(推力)により速やかに着陸することとされており、以上の措置をとることなく直ちに緊急脱出するべきでないとされていることが認められる。

そこで、火災警報燈が点燈した後に高瀬のとつた措置についてみるに、すでにみたとおり高瀬は事故機に塔乗し、一番機とともに、三、四番機と分れた直後頃、火災警報燈が点燈したため、「二番機、火災発生」と発信し、次第に戦闘隊形から離脱してゆつくりと高度を上げ、高度三〇〇〇ないし四〇〇〇フイートまで上昇したこと、この間二度にわたり「火災を点検してください」との発信をなしていること、また、艦船上の航空統制官に対しても二度にわたり「二番機、火災警報燈点燈」との交信をしていること、一番機が高度約三〇〇〇フイートにある事故機を確認したとき事故機はスロツトルをアイドルにしたときの速度である時速約一六〇ノツトで緩降下をつづけていたこと、その後なお暫らく緩降下を続けた後高瀬は緊急脱出する旨発信して事故機から脱出したが、落下傘が開ききらないうちに海面に墜落したことの各事実が認められ、高瀬のとつた措置は、脱出時期の判断の点を除き、適切に定められたとおりになされたものと認めることができる。

しかしながら、<証拠>によれば、海面上での視認による高度判断は、対象物のある陸上における場合と比較して著しく困難であること、そこで航空自衛隊では海面上を飛行する場合の高度判断は高度計によるよう指導しているが、緊急状態に陥つた状態での高度判断は熟練した操縦者でも難しく、これまでの例でも、緊急時に各計器の作動状況を確実に覚えているものは少ないことが認められ、高瀬の装着した落下傘は同人が海面に衝突するまでの間にかなりの程度まで開いていたが、完全に開ききらなかつたのは高度不足によると解されること前判示のとおりであるから、これらの点を考慮すると、脱出高度の判断につき高瀬に誤りのあつたことは否定し得ないものというほかはなく、この点は本件損害額の算定に当り、これを斟酌せざるを得ない。とはいえ、先に認定したとおり緊急状況における措置が適切にとられていることを考慮すれば、高度判断の困難な状況下にありながらも高瀬は相応の努力を尽したものというべきであり、不幸にも脱出高度の判断を誤つたとはいえ、その誤りの程度も甚しいものではなかつたというべきであるから、これによる過失相殺の程度は二割をもつて相当とする。

4  慰藉料

<証拠>によれば、本件事故により原告小代アヤカは満二五歳の若さで夫を失い、同高瀬優香利は生後一年四ケ月で父親を失つたことが認められ、これによつて原告らが多大の精神的苦痛を受けたことは想像するに難くなく、被告に対しこの精神的苦痛に対する慰藉料請求権を取得したものというべきところ、本件にあらわれた一切の事情を斟酌すると右慰藉料の金額は原告らそれぞれ金二五〇万円を下らないものと認めるべきである。

5  損害の填補

被告が、原告小代アヤカに対し、国家公務員災害補償法による一時金二一五万三〇〇〇円、葬祭補償金一二万九一八〇円、特別弔慰金一〇〇万円、退職金五五万二一五〇円を支払つたことは当事者間に争いがない。従つて、右金額は原告小代アヤカの損害から控除すべきものである。

6  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告らが本訴の提起ならびに訴訟の追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任したことが認められるところ、本件事故の態様訴訟追行の難易、原告らの請求額などに照らすと、右訴訟委任は原告らの権利実現のためには止むを得ない行為であり、原告らがその訴訟代理人に支払うべき報酬は、相当額の範囲内で本件事故と相当因果関係のある損害というべく、右損害となるべき報酬額は、前記事情のほか請求額等本件に顕れた諸般の事情を考慮し、原告小代アヤカについては金八〇万円、同高瀬優香利については金一二〇万円と認めるのが相当である。

四結論

以上からすれば、本訴各請求は原告小代アヤカにおいて債務不履行に基づく損害賠償金九一〇万三八三二円、同高瀬優香利において同金二二六五万六三二四円及びそれぞれ右各金員に対する本訴状送達の翌日である昭和五〇年八月二日から各支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、同九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、それぞれ適用し、仮執行免脱宣言の申立については、相当でないから、これを却下することとし、主文のとおり判決する。

(落合威 塚原朋一 原田晃治)

別表(一)〜(八)、別紙<省略>

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